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鹿神譚

Rokushintan

第一章:道中の災難

我自長安之洛陽、而遭大雨於道中。
書き下し

我長安より洛陽に之(ゆ)く、而(しか)して道中に大雨に遭(あ)ふ。

現代語訳

私は長安から洛陽へと向かっていたが、途中で大雨に見舞われた。

我所持之食、悉濡而不可食。如之何。
書き下し

我の持つ所の食、悉(ことごと)く濡れて食(く)らふべからず。これをいかんせん。

現代語訳

持っていた食べ物はすべて濡れてしまい、食べられなくなった。どうしたものか。

第二章:古寺の邂逅

我入寺、中有老婆。老婆曰、「汝飢邪。」
書き下し

我寺に入る、中に老婆有り。老婆曰(いわ)く、「汝(なんぢ)飢ゑたるか」と。

現代語訳

寺に入ると、一人の老婆がいた。老婆は「お前、お腹が空いているのか」と言った。

我対曰、「然。我将自長安之洛陽、遭大雨而困。」
書き下し

我対(こた)へて曰く、「然(しか)り。我将(まさ)に長安より洛陽に之(ゆ)かんとするに、大雨に遭(あ)ひて困(くる)しむ」と。

現代語訳

私は「はい。長安から洛陽へ向かうところでしたが、大雨に遭って困っています」と答えた。

老婆如像、黙不言、供我粥。我食畢、覗奥室。老婆為我設衾。
書き下し

老婆像のごとく、黙して言はず、我に粥(かゆ)を供(きょう)す。我食(く)らふを畢(お)へ、奥室を覗(のぞ)き見る。老婆我が為に衾(ふすま)を設(まう)く。

現代語訳

老婆は石像のように黙ったまま、私に粥を出してくれた。食べ終えて奥の部屋を覗くと、老婆が私のために布団を用意してくれていた。

第三章:義の証明

吾問曰、「老母厚遇我、何為也。」
書き下し

吾(われ)問ひて曰く、「老母何すれぞ我を厚遇すること此(か)くのごときや」と。

現代語訳

私は「お母さん、なぜこのように私を厚くもてなしてくれるのですか」と尋ねた。

老婆対曰、「汝、義人也。面露其相。汝曩者在山中、見雌鹿為山賊所傷、而療之。他人皆過而不顧、然汝独不捨也。是以我供汝也。」
書き下し

老婆対へて曰く、「汝は義人なり。面(めん)、其(そ)の相(さう)を露(あらわ)せり。汝曩(さき)には山中に在りて、雌鹿(めじか)の山賊(さんぞく)の傷(きず)くる所と為(な)るを見て、これを療(い)やす。他人は皆過ぎて顧(かえり)みず、然(しか)るに汝独(ひと)り捨てざるなり。是(ここ)を以(も)って我汝に供する也」と。

現代語訳

老婆は「おまえは義の人だ。顔にその相が出ている。かつて山の中で、雌の鹿が山賊に傷つけられているのを見て、それを介抱したな。他人は皆通り過ぎて顧みなかったが、おまえだけは見捨てなかった。だからおまえをもてなすのだ」と答えた。

第四章:神の消失

我問老母曰、「若、曩者之雌鹿耶。」
書き下し

我老母に問ひて曰く、「若(なんぢ)、曩(さき)の雌鹿(めじか)なるか」と。

現代語訳

私は「もしや、あなたは先ほどの雌鹿なのですか」と尋ねた。

老婆曰、「否。吾乃鹿神、統天下之鹿者也。聞其仁於雌鹿、我甚嘉之。」
書き下し

老婆曰く、「否(いな)。吾(われ)は乃(すなは)ち鹿神、天下の鹿を統(す)ぶる者なり。其(そ)の仁(じん)を雌鹿に聞き、我甚(はなは)だこれを嘉(よみ)す」と。

現代語訳

老婆は「違う。私は鹿神であり、天下の鹿を統べる者だ。その慈愛を雌鹿から聞き、私はそれを甚だ称賛する」と言った。

言訖、忽如雲散。
書き下し

言ひ訖(お)はるや、忽(たちま)ち雲の散ずるが如(ごと)し。

現代語訳

言い終えると、たちまち雲が散るように姿を消した。